佐世保南高校 21回生 第1回海外視察レポート   中国 福建省 厦門(アモイ)

2008年3月20日(木)〜23日(日)
団長: 本山茂(佐世保)
コーディネター兼団員: 椎葉卓光(東京)
団員:佐世保(山口優親、鶴田誠二、佐田邦充)
        東 京 (空閑博久、池田康人)    総勢7名

1.イントロ
おおよそ一年前と言っているが、佐世保での同期での某飲み会でこの企画が始まったようだ。 島田哲彦君が、中国福建省の厦門(アモイ)でレストラン「雅(みやび)」を経営しており、かたわら、現地でスポーツ振興のためにソフトボールをしている話が出たそうである。  しかし、それを聞いた参加者の大半(?)は、「だいがソフトボールばしに中国までいくや〜??  そいよりゴルフは出来んと?」という質問に始まり、結局は、ゴルフが出来るなら行こうという話が発端となったそうである。  結局、平日1日を休めば、3泊4日で旅行が出来る今回の日程となった次第と聞いた。

2.直前

 当初9名の参加予定だったが、今回の参加者は結局、佐世保から4名、東京から3名の7名となった。  それぞれ、椎葉君の旅券手配のために、パスポートの写しをFAXなどで送ったが、中には、期限切れの者(Y君)や、 顔の分からない真っ黒のコピーを送った者(M君)などが居り、手配に手こずったようである。 
 結局、東京組は、当初直行便で行く予定を、佐世保組と上海で落ち合うことと価格面を考慮して、上海経由で現地へ行くこととなった。  それにしても、この春休み期間で飛び石連休の中にあって、格安設定には感謝である。

3.旅の始まり(初日)

 筆者は、朝4時起きで5時前の成田行きリムジンに乗った。 集合時間の8時半にはるか早く、7時過ぎに中国東方空港の チェックイン・カウンターに着いた。  さすがに、団体旅行と思えるグループが沢山であり、おそらく東南アジア方面に出かける様である。  中には、会社の仲間とその家族のグループも居て、始めて家族を紹介し合う光景もあった。  出国審査の場所は、結構混雑していたが、無事、手荷物審査、出国手続きを経て、海外へ出た。  早速、忘れないうちに免税店でお土産を買い、酒のつまみに、柿のタネとイカチーズ、ノリ煎餅を買って持ち込んだ。    中国東方空港の飛行機は、ところどころペンキが剥げていて、少しポンコツだ。 乗り込むと、やや狭いシートである。  まあ、2時間だからと思って座り、旅は始まった。 2時間後、上海に無事着いたが、初めての上海は、やけに「田舎で野っ原」である。  イメージしていた「都会の上海」のカケラらも無かった。 それもそうで、そこは上海というより、上海まで50キロ以上離れた単なる元漁村の埋立地だそうである。  空は、ドンヨリとして霞んだ状態であり、やはり、中国の大気汚染を感じた。

        

上海で、先に着いた佐世保組(4名)と無事合流できた。 彼らは、やる気満々でゴルフバックを抱えている。  東京組は道具など持って行くより借りるべしと決め込んでの参加であった。 山口君は、島田君に頼まれた「水泳競技に使う時計」とやらを必死で運んでいる。 なんでも、現地の水泳プールとかに寄付をするために取り寄せたそうで、「運びや山口」の活躍となったとの事である。 現地の若い男ガイドも来て、上海(浦東)空港から上海(虹橋)空港への移動を開始するはずが、どうも様子がおかしい。  聞くと、手配したミニバンが行く先の虹橋空港で待っているそうである。 そこが中国らしいところかもしれないと、ある意味納得させられた。  結局、別のミニバン(白タク?)2台を調達して空港間の移動をすることになったが、車がひどくポンコツである。  おそらく、日本では車検を通すには相当のテコ入れをしないとだめであろう。 走り出した車に乗って、「中国のすごさ」を思い知らされることになった。
 なんと、まるで「カーチェイス」である。 スキさえあれば、右へ左への車線変更は当たり前、前が居なければ、ぶっ飛ばすの繰り返しで、手に汗握るレーシング・ドライブを味わった。  周りの景色も良く覚えていない。
なんとか上海虹橋空港に着き、国内空港への乗換えとなるが、窓口がやたら混んでいて、しかも、どこの窓口かがはっきりしない。  結果、団体受付となったが、荷物が大型のため、また別の窓口に回された。
 国内空港への搭乗であるが、これがまた大変。 海外脱出並みの手荷物検査でごった返しである。 乗り込む飛行機は、東京から来た飛行機よりさらにポンコツだ。  音を聞くための設備もない。(イヤーホーンを差す所もない意味)。 日本では常識と思えていた、「きれいなお姉さん」のキャビンアテンダントは居ない。  昔のお姉さん風と、スポーツ選手あがりと思えるデカくて暑苦しそうな「兄ちゃん」が、事務的に飲み物とサンドウィッチを配ってくれた。  正直、美味そうでない。 椎葉君と合議の上、「明日のゴルフ場の鳥にあげよう!」ということになった。   最悪は、隣の中国人のオッチャン2名である。 二人でずっとしゃべりっぱなしで、しかも直ぐ隣のオッチャンは、貧乏ゆすりとは言い切れない「揺らぎ」で、隣の私に足をぶつける。  「外国人」の私は、1時間、ガマンをした。

アモイ到着
東京の自宅を出て13時間半後、すっかり暗くなった日本時間19時前にアモイへ着いた。 実質13時間の旅である。 現地ガイドの李さんが迎えに来ていた。  人柄の良さそうな人である。(実際、良い人でした)

島田君も迎えに来ており、無事、全員が目的地に着くことが出来た。 迎えのマイクロバスでアモイ市内へ向かう道すがら、やたらカラフルなネオンのビルが立ち並ぶ。  アモイは夜の街なのか?? 人口200万人と聞いたとおり、市内に入ると車が結構混んでいた。 相変わらずの、縦横無尽な運転手の姿勢がここにもあった。

数十分後、無事にホテルへ着いた。 4つ星ホテル「金雁酒店(JINYAN HOTEL)である。 厦門航空の事務所がある。
そのホテルの3階に、島田君が経営する日本食レストラン「雅」がある。 入り口には、「居酒屋」との表記があった。

店の名前は、奥さん佐南同級生の内野雅子さん(7組)の「雅」を取ったものと直ぐ分かる。  各自チックイン後、皆で食事に出ることになり、市内の展望レストランで最初の夕食を取る事になった。  タクシーに乗ったところ、これまたオンボロ車のオンパレードである。 近距離は、8元(120円)に1元(15円)のガソリン代を加えて合計9元で乗れる。  格安料金だが、これまた非常に怖い。 モナコレースではあるまいが、スキあらば路線変更とスピード狂の運転手が常識らしい。  しかも左ハンドルで右側通行の運転に慣れない小生は、とても助手席など乗る気がしない。  会食の場所は、アモイの夜景を見るには最高の場所らしいが、かなり窓ガラスが汚れているため、割引が必要。  展望レストランは、東京で言うところのニューオータニの展望レストランと同じで、ゆっくりと360度回転する。  ところが、レストランの段取りやウェイトレスの対応がまずく、頼んだものがなかなか出てこない。 ビールも出てこないので、島田君がバクハツした。
言葉が理解出来ずなんと言って怒ったか分からないが、帰るまでウェイトレスに笑顔は無かった。 料理としては場所代分が高かったのだろうか、現地にしては結構なもんだったようだ。

その後、島田君行きつけの日本人御用達スナックで軽く二次会となったが、共同経営という二人のママさんは、商売上手なのか、良く立ち回って接客に隙がない。  しばし軽く呑んで、ホテルへ帰還した。

 

★展望レストランでの会食とホテルの前で

 

4.二日目(ゴルフ初日)    ■オリエントアモイ・ゴルフカントリークラブ:東方ゴルフ場

 二日目はゴルフである。 前日は、 ガイドの李さんが、「翌朝7時半にモーニングコールをします」と言うので安心して休んだ。  初日が早起きだったこともあり、モーニングコールまで良く眠った。 モーニングコールがあり、てっきり、李さんだと思って「おはようございます」と返事をしたら、テープの声だった。  日本語は受け取り方で、勘違いが多い。

 朝食は、「雅」で日本食をお願いしてあり、塩サバや味噌汁、おしんこなど、いつもの朝食の感じが良かった。
 マイクロバスでホテルを出て30分ほどで東方ゴルフ場へ着いた。 立派なクラブハウスである。

 事前の連絡が不徹底だったのか、ガイドの李さんもゴルフを知らないので上手く伝わっていなかったのか、 組み合わせも、バックの乗せ方もめちゃくちゃで、結局はバックを積み直すことになった。 1組目は、鶴田、佐田、本山、池田、 2組目は、山口、椎葉、空閑となった。  レンタルクラブは、まさにいい加減で、シャフトの硬さや種類などは、全く聞かれることも無く、既に積んである道具を使うしかない。  結局、ドライバー(1W)が固過ぎで、椎葉君のクラブと1本だけ交換してもらった。 道具は、日本ではもう使う人が居ないだろうというぐらいの程度で、非常に小さめのヘッドのものである。

1組に2名付くキャディーさんは、当然ながら、日本語は、残りの距離(ヤード刻みで)とか、「フック」「スライス」ぐらいしかしゃべれない。   便利と言うか、おせっかいなことに、各プレーヤーの上がりのスコアをホールアウト時点で言ってくれる。  お客さんが何回打ったか記憶するのもキャディーの仕事らしい(?)。 ここに宮島君が居たら、キャディーの記憶力テストになったと思う。  さも、田舎から来ました風のキャディーさんは、若いのだろうが、やや年令不詳のところがあって、おまけに、そんなに会話も弾まない。  雨も無く、暑くもない気候に快適なゴルフが出来るはずだが、佐世保3人組みに囲まれて、ただ一人で古いレンタルクラブで奮闘するも、結果は最悪となった。 

      

  東方ゴルフ場にて

(ゴルフの詳細は、別途報告することにしよう) 

*詳報をしたくないほど、スコアにならなかったので、
   お約束はしませんが・・・(池田)

ゴルフ終了後、マッサージへ

 ゴルフも無事終わり、本山君を除き6名で疲労回復のために「マッサージ」をしに行くことになった。   「厦門扶元堂」というその場所は、まさに「病院」である。 中には、鍼灸や漢方の医療をする診察室や医者がいる。  部屋には細長いベッド(治療台)がいくつも並んでおり、皆で全身マッサージを受けた。  最初の頭部のマッサージがやけに長く、寂しい毛髪の為に自分だけかと思って皆に声を掛けたところ、同じパターンであり、一安心。  頭、肩、腰、足と進んで、大変気持ちの良い1時間となりました。(椎葉君のみ2時間) ちなみに、1時間で150元(2250円)也。


         
全身マッサージに満足の顔

【市内視察】

  さて、今夜の夕食までに時間もある。 ホテルへ戻ってシャワー後に、空閑君、佐田君と3人で、街中見物をすることにした。  ほとんど知らない街を歩くのであるが、3人居れば怖くないという感覚もあった。  とにかくにぎやかな所を目指そうということで、新しいものと古いものが入り混じった繁華街へ。  途中、「現地の物価を視察」しようということで、スーパーマーケットを目指した。 なんとかスーパーマーケットを見つけて入場。  1階、2階と進み、途中、靴やカバン、ベルトなどを見つけ、「POLU」という「POLO」まがいのベルトを見つけて皆で笑ってしまった。

 さらに笑ったというか、ビックリしたのは、もう帰るつもりでUターンしたときの話である。  佐田君が、店の女子従業員に大きな声で呼び止められて怒られている感じである。 良く観察すると、店内は「一方通行」であった。  それも、ビル全体が上の階に向かって一方通行である。 一旦入ったからには、ビル全体を通って見て行かないと出してくれないシステムである。 結局、4階だったか5階まで一方通行のまま、色んなものを見せられて下りのパターンになり、そのビル唯一の出口にしかないレジを通って無事外に出られた。  これまた、中国文化のたくましさを感じた次第である。

 時間も夕食に丁度よくなり、街中のウィンドウショッピングを終えて「雅」へと集合した。

 夕食は、キノコ鍋など日本食で、当然、酒は焼酎。 ここでは日本の居酒屋そのものである。  お店の現地スタッフは、ひばりさん、まる子さんなど、日本人にはなじみの名前で呼ばれてきびきびと働いている。  「微笑み・笑顔」は、働くには不要(給料に関係無い)と思う中国の習慣があるとの話であるが、ここには、笑顔も感謝の心も有った。

5.3日目(ゴルフと観光)       コンロス島めぐり

  佐世保組は、今日も二日目のゴルフ(ゴルフ場は別)である。  今朝は空閑君のカメラが見つからないというトラブルから始まった。 結局は、本人がカバンの奥深くに入れ込んだという結果であったが、椎葉君やガイドの李さんも捜索に駆け回った。  東京組は、今日は観光の予定であり、島田君が忙しい中、案内役を買ってくれた。 目指すは、ピアノの島と呼ばれる「鼓浪嶼(コロンス)島」である。  ここは、中国でも有名な観光地であり、国内からも沢山の人が集まる。   案の定、船着場に着くと人でごった返ししていた。 乗船にも、並ぶ習慣の希薄な人々が我先にと乗っていく。  船も2階の見晴らしの良い場所は、1元の「指定料金」がかかった。 島へは約15分程度で渡れる。

島へ着くと、カニや貝を売る店、おみやげもの屋が並ぶ。  結構古い町並みの中にも観光地らしく新しい建物や、修復された建物も多かった。  なんと言っても、目指すは「日光岩」。 海抜は100メートル足らずであるが、そこからの展望が厦門の街や海を見渡せる絶景のスポットとなっており、夜にはライトアップされるそうである。

 日光岩の入場口で、トラブルが発生!   入場料が結構高く一人60元であるが、3人にそれぞれお釣りが欲しくて、300元を出して、40元ずつお釣りを欲しいといったところ、受付(女)がぶちぶち言った挙句に、 チケットとお釣りを、ばらまくように投げて返した。 ばらまかれた札を拾いながら、島田君が大いに怒った。  (多分、島田君は日光岩には二度と行かないかもしれないが、我々に付き合って、頂上を目指してくれた。 感謝 )   途中途中に、かつての城壁跡や刻み石が沢山あって、スケールは大きい。

息を切らしながらようやくたどり着いた頂上の展望台は非常に狭く、30人程度で「すし詰め満席御礼」である。  記念写真を撮って、早々に下ってきた。 下りは楽かと思いきや膝がガクガクする始末で情けない。  下へ下った我々は、乗用カートで波止場までラクチンで戻り、8元の帰り船賃で帰還。 波乱のコンロス島見物が終わった。
                     

【南普陀寺へ】

島田君の計らいで、もう一箇所の名所を巡ることになり、厦門大学のそばにある1400年頃に創建された「南普陀寺」へ行くことができた。  観音菩薩の主要道場といわれているそうだ。 中には、数多くの信徒が長い線香をもって阿弥陀様を拝んでおり、霊験あらたかな寺院である。

院内には、唐時代に作られた「国宝」の灯篭が無造作においてあり、そこで記念撮影。  お勧めの「精進料理」は、混雑で食べられなかったものの、観光スポットとしては、なかなか雰囲気の良い場所である。  その後、厦門で一番古いホテルへ移動して美味しい飲茶を頂き、昼食となった。

【海鮮料理】

二日連続のゴルフと足マッサージの快適さに満足した佐世保組も無事帰還。  今日のゴルフ場は、戦略性に富んだ良いコースだったと好印象の面々。 ただ、調子が今一だったのか、鶴田君の厳しいコメントにゲンナリしたのか、本山君はやけにおとなしい。  団長として張り切って乗り込んだものの、視察成果がまだ出せていないことも気掛かりかも知れない。   夕食は、皆で海鮮料理を食べることになった。 地元でも、海鮮料理は高級だと聞いた。 

島田君が、立派な店構えの海鮮料理店に案内してくれた。(残念ながら、店の名前を控えてくるのを忘れた)

 いかにも高そうな感じで、入り口には6〜7人の若い女性がお客様の来場と帰りの挨拶をしている。  入り口横の素材コーナーで食材を自分で選び、料理をしてもらう算段である。 素材選びは、島田君と椎葉君に任せて、珍しい魚介、高級魚介を見物した。  店内は、結構人が多く、美味しそうなものを食べている。 我々も、円卓について、料理が出来るのを待つことに・・。 早速、ビールや白酒(焼酎)、紹興酒を注文。

紹興酒は美味しかった。  白酒(ぱいちゅう)は、一気にのどを通さないと、ノドが焼けるという。 1杯だけ頂いた。  個々の食材は記載しないが、私にはアワビもホタテも全てが美味しかったが、椎葉・島田の総意で、白魚の揚げ物が甘い衣で揚げてあったのを、「甘くしない方が美味しい」とお店に助言。  美味しい海鮮料理でお腹も一杯、お酒も美味しいとくれば、大満足の夕食でした。 帰りには、出口に揃った女性たちと記念撮影をしてきました。

撮ったデジカメをのぞいては、にこやかな表情をする彼女たちに、また違った「中国の素朴さ」を感じました。

                            謝々

6. 4日目(最終日 帰国)

 あっという間に帰国の日になった。 今回は、島田君も年2回の定期帰国を皆と一緒にするため、8名での出発。
7:00にホテルで食事をし、8時45分の出発。 それぞれが各自でチェックアウトをしてロビーに集合。  疲れた様子の本山君が最後に集まり皆が揃った。  マイクロバスに乗って厦門空港へ。 朝の市内は清清しかった。 順調に空港へ到着し、島田君の大荷物も皆と一緒の取扱でチェックを無事クリア。  お世話になったガイドの李さんに手を振って分かれました。 空港で少しばかりのお土産を買い、例の中国東方航空に搭乗した。 

  厦門空港にて
         

 機体は、来るときよりも新しく、少しは安心だったが、ここでもキャビン・アテンダント(CA)は、「お兄さん」が対応していた。  1時間強で無事上海(虹橋)に到着。  上海では、初日と同じ現地ガイドが待っていてくれた。 

佐世保組は、福岡までのフライトまで4時間あまり有る為、島田君の引率で上海市内の観光と買い物に、東京組はそのまま上海(浦東)空港へ急ぐ計画である。  その場で、あたふたと佐世保組と別れた。 
タクシー乗り場へ急ぐと、長蛇の列が出来ており、その場で、旅なれた(当たり前)椎葉君が判断し、余裕時間を稼ぐために白タクを手配。  350元の要求を300元に値切ってくれた。 その白タクの運転手もまさにスピード狂だった。 
途中、前方車とニアミス寸前の荒業もあり、後部座席の我々も、「オー!!」と声が出たが、運ちゃんは、「ニヤッ」と笑っただけだった。  中国では、人の命は、さほど高価ではないのだろう。 横断歩道を渡るのも命がけだという。

なんとか、上海(浦東)空港に到着。 無事出国手続きも完了し、食事と買い物へ。  空閑君がラーメン、私がウドン、鶏肉の食べられない椎葉君が汁を期待してのチキンカレーを注文。 
それぞれの出た「食い物」に驚いた。 ラーメンは緑の麺、ウドンの汁は薄いちゃんぽん・スープ、チキンカレーには、ほとんど汁が無かった。
                       

そんなこんなの「佐南21期生 第1回海外視察 厦門(アモイ)編」は無事終了しました。
色々有りましたが、旧友との旅も楽しく愉快なものです。 次回の参加希望者が多くなることを祈念します。

次回は、タイになるか、またまた2回目のアモイになるか??
乞うご期待。
                                           レポート 池田@3年10組 

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